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⏰木曜日 2025.08.14 08:24 · 11mins
敗戦記念日、人によっては終戦記念日という人がいますが、それがやってくると戦前の日本の今から見るとほとんど狂ったとしか思えない、そういう政治上の判断あるいは軍事戦略上の判断それが話題となりますが、私達が忘れてならないのは、国民の一人一人が、そのような軍国主義的な政策に非常に批判的な眼差しを持っていたわけではない。むしろ、「お国のために自分を犠牲にして、頑張ろうと思っていた」という一億総白痴と言って良いような状況にあったということです。
大本営発表が偏ってなされていたために、国民には真実が知らされていなかったんだという言い方をする人がいますが、何らかの意味で情報に接することができたある程度インテリの人たちは、大本営発表の中に、何かしらおかしいものというのを感じていたに違いないと思うのですが、そのおかしいということを口に出して言えない風潮があった。風潮があったということで、それを口に出して言わないことに対する責任のがれができてしまっているのは少しおかしいと思うんですね。一人一人が自分の意見でもって、おかしいと思うことは自分のまさに個人として主張しうることで、それが言えない風潮があったとすれば、それは社会の方におかしさがあると言うべきなのです。
私達は戦後80年になっても、終戦後あるいは敗戦後80年経っても、実は当時の体質とあまり変わらないものが続いてるんではないかと思わざるを得ない場面が、私は時々目の当たりにして、背筋が寒くなる思いがいたします。それは、卑近な例では、議員の当選のときに、その議員の選挙対策事務所に人々が集まって、万歳万歳とする。その万歳をするときに必ず最初に万歳を斉唱する人がいて、それに続いて残りの人が全員で万歳する。万歳するっていうことは、そんなに素晴らしいことなんでしょうかね。万歳するっていうのは自分の属している集団が、他の集団に対して何かしら勝利を得た、あるいは優位を得ているということに対して、それを歓迎する挨拶なんだと思います。
この万歳という習慣がいつから定着したのか。歴史家であれば、興味深い話題ではないかと思うんです。おそらく江戸時代には、このような文化は一般的ではなかったと思うんですね。例えば赤穂浪士が、吉良一族を討って、そこから立ち去るときに万歳を三唱しながら帰ったってという記録はないと思うんです。およそ人を殺めて、人を犠牲にして、その上に成り立った勝利に対して、万歳という全面的な工程を表明する。こういうことは、江戸末期の武士にとっても、決して潔しとしないところであったに違いない、と私は想像するのですが、歴史に詳しい方に教えていただきたいものです。万歳三唱というのは一般化するのは、おそらく明治維新政府以来だと思うのですが、それが極端に一般化したのは戦時中であり、それが未だに直っていないのが、現在の政治状況と思います。
万歳三唱くらいであれば大したことはないと思うんですが、今高校野球のシーズンで、日本では球児という言葉に代表されるように、野球に夢中になる青少年を無条件に肯定する風潮が一般にありますが、実は球児たちのおかげで飯を食っている大多数のぬくぬくと肥えている大人たちの責任を問うことは滅多にありません。しかもその球児たちというのも、野球に一途であるという点で言えば、私も全く疑うことはありませんけれども、野球に一途であるあまり野球以外のことに関しては全くとんちんかんであるということも、私は日頃のいろいろな報道からよく知っているわけで、今回も不祥事として出場校のうちの一つが、下級生に対するいじめ問題が発覚した。そのことに責任を持って、2回戦からの出場を取りやめにするという事件がありました。下級生をいじめている。こんなのはサークルの名において、あるいは部活動の名において許されてるという日本の状況が明らかにおかしいのですけれども、甲子園で良い成績を上げるためであれば、少々のことは何でも許されるという風潮があることが悲しく思われる点です。
野球といえば私が一番嫌だと思うのは、野次と言って相手のチームが弱っているときにその弱点をあげつらう発言をみんなで声を合わせて言う。相手のピッチャーがなかなかストライクが入らないときに、そのピッチャーのコントロールの悪さをあげつらう。例えばそういうやつですね。最も恥ずかしい、スポーツマンシップと正反対の行為だと思いますが、スポーツマンシップを謳う甲子園の球場において、しきりとなされているのは、スポーツマンシップとは縁もゆかりもない非常に残念な光景です。
日本のスポーツがなぜもっと明るく楽しくすることができないのか。いろいろな社会的な問題が絡んでおりますので、短く論ずることはできないことを承知しておりますけれども、少なくとも現状がおかしいということについては、皆さんが同意してくださるんではないかと思うんです。九州が大雨で大きな事故が起きかねない。そういう時間帯、夕方の5時とか6時の時間帯に、NHKの公共放送、地上波放送が甲子園球場の野球中継に追われ、その時間に当然あるべきニュース番組が割愛される。こんな馬鹿なことを、実は大人もこぞってやっているっていうことに、私はこの問題の深刻さが表れているような気がして、問題をあえて提起したい。みんなが好きなことをやってるんだからいいじゃないか、そんなこといちいち目鯨立てるなよと言われそうですが、私はあえてここでは目鯨を立てて問題点を提起したいと思います。


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