長岡亮介のよもやま話365「AmazonPrimeで The Big Bang Theory が復活したニュース!私のおすすめは Young Sheldon」

*** コメント入力欄が文章の最後にあります。ぜひご感想を! ***

 今日は楽しいお話をいたしましょう。私はテレビがあまりにもくだらないので、最近有料のビデオを見ることが多いのですけれど、その私が見るAmazonプライムビデオというのは、しばしばOn Demandで配信される内容が変わります。そのために、しばらく見ることができないでいた番組が懐かしく復活し、それがとても嬉しいことに完全に出ているんですけれども、大変困ったことには日本語の吹き替えとか日本語の字幕がなくなってしまいました。それはThe Big Bang Theoryという名前の非常に面白い映画で、主要な登場人物である3人の非常に天才的な物理学系の研究者の卵たち、その中でもとりわけ天才的な人がシェルダンという名前なんですが、その彼の大活躍と、物理あるいは数学の天才と言われる人たちと正反対のところにいる美しい女性、これがとても面白い役割を演じていて、彼女が4人との交流を通じてその関係が変化していく。そのことがなかなか面白いですね。

 私は、今回公開されたものが日本語吹き替えがないということ、なんと日本語の字幕も用意されていないということに対して、非常に残念に思いました。言うまでもなく、私はあまり英語のリスニングが得意でありませんから、集中して映画に没頭してないと、聞き損なってしまうわけですね。もちろんその中で交わされている会話は、言ってみれば、非常に重要な論理的な展開が淡々と述べられているというよりは、やはりTVドラマ特有の展開の早い話であるということもあるのですけれど、おそらく私にとっては救いのもとである専門用語、例えばブラックホールとか、あるいはスーパーストリングセオリーとかという専門用語は聞き取れるんですけれど、そうじゃない日常的な用語がわからないということもあります。

 しかし、もっと残念なのは、その映画が実に多くの言語には翻訳され、字幕がついているんですね。その字幕、フランス語とかドイツ語とか、そういう主要な外国語が当たり前として、英語の字幕もついているんです。もっともっと私達から見れば日本よりも遥かに小さい国あるいは国際的な存在感の小さい国、と日本人が思っている国々の言語はサポートされている。なのに日本語はサポートされていない。なぜでしょうか。それは単に日本では受けない。日本では、ほんの一部の人にしか理解できない。そういうふうに、アマゾン社が考えているからなんでしょうね。彼らはマーケットリサーチの専門家ですから、そのリサーチの結果に基づいて「日本人にはこの番組は無理だ」と思っている。しかし、国際的にはものすごい反響を得ているということは、その番組の字幕がどれほどの種類があるかというのを見るとよくわかるわけです。

 確かに、テレビ映画自身はかなり高度な物理学的な言葉が登場するし、そのなかに登場する最大の天才は、小学校から中学を飛び越して高校に行き、大学院に行くっていう天才的なコースをたどった人であり、他の天才たちもそれぞれMITとかハーバードとかプリンストンとかっていうアメリカの最も有名な大学の出身者ある超エリートであるわけです。その超エリートたちが、人間的に実に不完全であるというか、不適格であるというか、不適切であるというか、そういう人々であり、その中に様々なアメリカ社会の抱える差別の問題などもたくさん出てきているんですが、そういった問題を笑い飛ばすだけの力が番組にあるんですね。

 我が国のように、「こういうことは裏では言えるけど、表で言ったらアウトです」というのではなくて、表で堂々と言う。アメリカの一般国民のレベルが、この番組を理解できる人たちが多数派であるならば、現在のアメリカ社会は理解できないと思うくらいレベルが高い。そのようなレベルの高いものがものすごいロングランの、言ってみればベストセラーとは言わないんでしょうね、Best Watches  Videosというんでしょうか、そういうものとしてアメリカの中で生きているということは、アメリカの文化の奥行き、深さを感じて、羨ましく思うんですね。

日本でこの映画を日本語で露骨にやったならば、それを問題として大騒ぎする人がいっぱいいるんだと思うんです。その大騒ぎする人が科学の専門用語が理解できるレベルでないということは明らかだと思いますが、その人たちは、その中で交わされる科学の専門用語に関する知識などと全く無関係に、その中の発言に他者を傷つける可能性のある言葉が含まれているとか、そういった理屈でもって、そういうものを弾圧するんだと思うんですね。私に言わせれば、そんなこと、例えば言葉で人を傷つける、それは最悪かもしれませんが、それが傷つける目的で発せられている言葉でないっていうことは明らかであるわけです。

 むしろ、現在のアメリカ社会を象徴する意味で、私自身は大変面白いと思っているんですね。アメリカにおける様々な政治問題、社会問題、それはテレビのニュースを使って日本でも一部伝わってきますけども、私から見ると、言ってみれば空虚な情報で、あんまりショッキングな情報っていうかアメリカの社会の実像を伝えるものではない。ごく表面の本当にくだらない表層の情報を流しているだけ。そういう気がするんですが、このTVドラマのビデオ通して、実はアメリカの実社会の持っている凄みというのを感じることができるんですね。

 今日は楽しいお話ということですから、こういう否定的な話ではなくて、そのThe Big Bang Theory、残念ながら日本語の字幕もついておりませんが、その中で使われているテクニカルタームは自然科学の用語でありますので、とてもよくわかります。自然科学が不得意だという人のためには、おすすめはSheldonという主人公が子供の頃の話、Young Sheldonという名前の番組で、これには日本語字幕も付いています。残念ながら吹き替えはありません。でも、言葉がどういうふうに使われているか、日本語の字幕がいかに訳が不完全であるかということを知る上でも、とても役に立つと思います。例えば第1話に、第2話だったかもしれません、“クー・クラックス・クラン”という言葉が出てくるんですが、日本語では、クー・クラックス・クランに関する常識がないということもあって、意訳されている。意訳されているために、かえって意味が通じづらくなっていると私は思うんです。極めて面白い、わくわくするような映画だと思います。苦労して英語を聞く、あるいは字幕を読む価値があると思いますので、皆さんにぜひおすすめしたいと思います。

 才能があるという人間が、才能があるがゆえに、とんでもないことに悩んでいる有様。これを見るのも楽しいことでありますし、才能のない人間が才能がない人間なりに頑張る姿ところも大変面白いところであります。そして、才能のない一般人が才能のある人を前にして、どういうふうに振る舞うか、という漫画のような風景、それも面白い話です。

 日本では飛び級とかっていうと、「いい大学に早く行き、早く卒業する」という程度の話でありますが、アメリカの飛び級というのは、そんなレベルではないということ。私の知人にも、高等学校のときに大学院を終えて、しかも大学に行ったときにはもう一つの勉強、つまり元々は数学専攻で大学院を卒業したんだけど、大学院をもう大学生になる頃には終わっていて、そして大学生になったときには音楽を専門とする大学に行く。そして大学院に行く。そういう二つのコースで超エリートコースをたどった方がいます。その方の演奏は素晴らしいのでそれもいつか紹介したいと思っておりますが、天才たちを抱えているということに対して、一種の誇らしさを感ずる国民。その天才たちが暴走しても、その暴走を何とか自分たちでカバーしてあげたい。そしてそれをしなければいけないと思う国民。ちょっと素晴らしいですよね。その天才たちが天才たちの間で起こすしょうもない事件、それをまた馬鹿な解決をしている天才たちの姿を面白おかしく描く。これも素敵なことではないでしょうか。

 日本では、ちょっとよくできる人がいると、音楽や体育ではやたら持ち上げるんですが、音楽や体育の才能以上に、数学や物理、自然科学の才能というのは、もっと大きく違うわけです。そのような才能を一様に扱う。社会全体が同じように進行するということをもって何より良いこととする。これは一種の社会主義の理想ではあるかもしれませんが、極めて古い社会主義の理想で、今では本当に日本と国連くらいしかこのような社会正義を信じている国はないのではないかと思うくらいです。

 社会主義というとソ連や中国や北朝鮮を連想する人がいますが、全くそうではありません。ロシアも中国も、完全な資本主義の国ですね。完全な資本主義でありながら、中国もソ連も中央集権的な社会であるわけです。極めて不健全な全体主義国家である。しかしながら、その中国も健全な社会になりつつある時代があり、今その揺れ返しがあるのだと思いますけれども、中国やロシアは少なくとも社会主義国家では全くないっていうこと。それを理解しないと、話が始まらないかと思います。日本の方がよほど社会主義的だということでありますね。

 そしてそういう国の中にあって、実はみんなのためというのが共産主義社会主義のキャッチフレーズ、「1人はみんなのため、みんなは1人のため。」これが、共産主義の当初の理想として掲げられた言葉ではありました。美しい言葉ではありますけれども、その言葉の中に様々な深刻な問題点があるっていうことが、20世紀に明らかになったわけですね。

 一方、その天才を育てるということに関しては、中央集権国家の方がうまくいくに決まっていて、アメリカのような国において、中央集権でないにもかかわらず、天才たちが上手に育てられている。そういう国を見ると、日本はもっともっと教育に頑張らなければならない、と私は思いを強くいたします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました