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今日は私どものNPO法人の賛助会員の方から寄せられた質問について、簡単にお返事したいと思います。ご質問は少し表現を変えると、
「2つの関数$y = 2\sin x $ と $y = a-\cos 2x $、2つの関数のグラフが接するときの定数 $a$ の値を求めよ」という問題なんですね。もう一度問題を申し上げます。$y = 2\sin x $ は、 $y = \sin x $ のグラフの振幅が2倍になったものですね。原点を通る非常に標準的なもの、原点で傾き2の直線に接しているわけです。他方の曲線は、その主要部は $y = a-\cos 2x$、$-\cos 2x$ っていうのは $\cos x$ のグラフの $x$ のところに $2x$ を代入しているわけですから、$y$ 軸を基準として $x$軸方向に $\dfrac{1}{2}$ 倍に縮めている。$\dfrac{1}{2}$ 倍 に拡大していると言った方がいいのかもしれませんが、$\dfrac{1}{2}$ 倍ということですね。学校の先生であれば、周期が$\dfrac{1}{2}$ 倍だと、周期性にこだわって表現するかもしれません。最初に $a$ と言う定数がついていますから、それを $y$ 軸方向に $a$ だけ平行移動したもの。したがって $y = a-\cos 2x$ という関数が与えられれば、この関数のグラフの概形を$a$ の値を適当に決めれば、グラフとして描くことは難しいことではないと私は思います。少なくともこの話を聞いている皆さんであれば何でもない問題だと思うでしょう。
問題は、「この2つの関数のグラフが接するときの定数 $a$ の値を求めよ」というわけですね。いかにも教科書的なというか、あるいは問題集的なというか、今時の数学風のというか、なんの面白さもない。そういう問題であるような感じもするのですが、なかなかこの問題に落とし穴というか、初学者が誤って陥る罠のようなものが仕掛けられているということに気づきました。私自身気づいたわけではなく、その質問を通じて気づいたわけですが、教育的には面白い問題であると思いました。そこでここで取り上げてみたいと思います。
「$y = 2\sin x $ と $y = a-\cos 2x $ のグラフである2つの曲線が接する」というのは、本来「2曲線が接する」ということの定義が、高等学校の数学では学習指導要領的には与えられていませんから、子煩いこと言えば、学習指導要領の範囲外の問題ということになるでしょう。しかしながら、高等学校の数学Ⅲの範囲の受験問題を解けば、この手の問題は山ほど出ていますから、「2曲線が接するということは、その共有点において接線を共有することである」あるいは「同一の直線に接することである」という定義を知っていると思うんですね。
つまり、2曲線が接するということは、2曲線の接点を例えば$\alpha$とする。2曲線を $y=f(x)、y=g(x)$と関数表示をしてやると $f(x) = g(x)$ という方程式が、$f(\alpha)=g(\alpha)$、つまり$x$ に$\alpha$ を代入するに等しい。それからかつ$f’(\alpha)=g’(\alpha)$、接線の傾きが等しい。こういう条件が成り立つような $\alpha$ が存在する。これが曲線が接するという条件ですね。
ところでこの問題に対して、数学はあまり得意でない少年なんでしょう。次のように解いたというんです。それは、$ 2\sin x $ を $a-\cos 2x$ これを接するのだからと言って $y$ を消去して、$x$ に関する方程式として立てた。
$y$ を消去するっていうのは悪い発想でありませんよね。先ほどの言い方をすれば、$y=f(x)、y=g(x)$という関数に対し、$y$ を消去した $f(x) = g(x)$ という方程式を作るっていう発想でありますから、ごく自然な発想です。
ところでその後が問題なんですね。たまたま $y = 2\sin x $ と $y = a-\cos 2x $ という非常に単純な形をしているので、ここで「2倍角の公式」というのに気づいてしまったというだと思います。「2倍角の公式」を使いますと、当然のことながら、その方程式は $\sin x $ に関する2次方程式に書き換えることができるわけです。$\sin x $ に関する2次方程式 $2\sin x=a-(1-2\sin^2 x)$に書き換えることができます。
その $\sin x $ を $t$ と置いて、$t$ に関する2次方程式を作る。その $t$ に関する2次方程式$2t=a-(1-2t^2)$ を作り、そしてその $t$ に関する「2次方程式の重解条件」というのを考えると、接線が論じられる。そういうふうにして答えを出してしまったというのが質問の基本的な趣旨でありました。
そのようにいたしますと、実は$a=\dfrac{3}{2}$ という答えがもっともらしい答えとして出てくるわけでありますが、それだと正解となるはずの $a$ の値の一部分でしかない。質問者の趣旨は、「なぜ自分の考え方では、その正解の一部分しか出なかったのか。そしてもう一つは、間違った考え方にも関わらず、なぜ正解の一部分は出すことができたのか」という疑問だったと思います。私はそのように想定しているわけです。
そのようにもし質問者が考えたんだとすると、これはなかなか良い発想であると思うんですね。つまり、全くつまらない問題に対して、意味のある質問を立てることができた。そういう意味で、大変立派な学習活動であると思うんです。しかるに、これに対してどういう解答があるのでしょうか。それが今回の私のお話の基本的な趣旨です。私のお話の趣旨は、どんな誤答にも必ずその誤答の正当な根拠があるということ。一方、誤答には誤答ならではの正当な誤答の理由、つまり正答に、あるいは正解に到達しなかった根拠が、数学的な根拠が存在するということ。そして、それゆえに、自分の解答を単に間違っているとか正しいとか、○と×をつけて終わりにするのではなく、自分の解答がどうすれば救済することができたんだろうか。自分の解答を一般化することは、いかにしてできうるのだろうかと考え、あるいは自分の解答の何が足りなくて、正答に達することができなかったんだろうかと。こういうふうに考えるということは、これ自身が数学的に重要な思索を構成する、大変に大切な考え方ではないかと思いまして、このコーナーで取り上げる次第です。
まず、いわゆる2次方程式の判別式というのを考えるという発想それ自身は、元々 $\sin x $ という、あるいは $\cos 2x $というのを含む $x$ に関する三角関数で表現された関数のグラフが接するという問題ですから、それを $\sin x = t $ と置くというふうにして、2次方程式に帰着させるということ自身にひどく無理がある。これは本来やってはいけない、言ってみればはまり手、誤答への道をまずまっしぐらに進んでしまったと言えるかと思いますが、しかしながら、私はその誤答へまっしぐらに進んだ解答の中に、やはり数学的に面白いものがあると思うわけです。
それはどういうことかっていうと、$\sin x $ を $t$ と置く。$t$ に関する2次方程式が重解を持つという条件を考えると、そこから出てくる $a$ の値が2曲線が接するときの$a$の候補の一つを与え得る。それは偶然ではない、ということですね。
それはどういうことかというと、それよりももっと根源的なところに振り返って、$\sin x$ を $t$ と置くとは、$t$ を定数として、$x$ に関する方程式 $\sin x=t$ という方程式を考えたときに、$-1 < t <1$ の値だとすると、その方程式は一般に実数範囲に無限に多くの解を持つわけですね。もし$x$ の範囲を $-\pi < x \leqq\pi $ と限定する。そうすると、$\sin x=t$ という $x$ の値は、$-\pi < x \leqq\pi $ の間に、一般に2つの値を持つわけです。2つの値は、$x\geqq 0$ の場合なら片方を$\alpha$ とすると、もう片っぽは$\pi -\alpha$ という形で表される。これは言ってみれば基本事項でありましょうが、それを丸暗記している少年少女も多いことですが、それを丸暗記する価値のない、本質的に重要な三角関数 $\sin x$ の基本性質に由来しているわけです。
$\sin x=t$ という方程式は、$x$の実数全体に考えれば、無数に多くの解を持つ。$-\pi < x \leqq\pi $ に限定すると、たった2つの解を持つと言えるわけですが、$t$ の値を $1$ とか $-1$ にした場合にはどうなるか。$\sin x=1$ とすると、$-\pi < x \leqq\pi $ の範囲では$x=\dfrac{\pi}{2}$ という値が一つだけ。$t$ の値を$-1$とした場合には、$x=-\dfrac{\pi}{2}$ という値が一つだけなんですが、実はその一つだけという値が、一つの値を$\alpha$とするともう一つの値が$\pi -\alpha$ となる。$\alpha$ と$\pi -\alpha$ という値がたまたま重なる$x$ の値が、$x=\dfrac{\pi}{2}$ という値であるわけなんですね。ちょっと言い方が乱暴になっていますが、乱暴になっているところは適当に補って理解してください。
つまり、$\sin x=1$ あるいは$\sin x=-1$ となる$x$の値が、$ \dfrac{\pi}{2}$ とか $ -\dfrac{\pi}{2}$ 、たった一つ決まるようでありますが、これは重解であるということなんですね。$x$ の範囲を実数全体にしますと、$\sin x=1$ あるいは$\sin x=-1$ っていうのは無数に多くの重解を持つ、そういう方程式なわけです。2次方程式が重解ってのは1個しかなかったんですが、$\sin x=1$ あるいは$\sin x=-1$ っていう方程式は重解が無数にたくさんある。そういうものであるわけです。先ほどの$\sin x=t$ と置いた $t$ に関する方程式が、$t=1$ とか$t=-1$ というのを解に持つような $a$ の値。それが実は接するときの値に対応しているんですね。それは結論だけ申し上げまして、残りは皆さんで考えていただきたいと思います。
他方、$\sin x=t$ と置いた $t$ に関する2次方程式が重解を持つという値はどういうことかっていうと、普通は、$\sin x$ の値について $\sin x= t_1$、 $\sin x=t_2$ と、そういうふうに異なる $t_1$、$t_2$ の値に対して $\sin x$ の値がそれぞれ$-\pi < x \leqq\pi $ の範囲で2つずつ定まる。そういうふうなのが一般的であるわけですけれども、$t_1$、$t_2$ が限りなく接近して、とうとう一致してしまう場合、そういう場合にも、実は接するということが起きうるわけです。
それが実は、$a=\dfrac{3}{2}$という $a$ の特定の値に対応しているわけでありますね。
以上簡単にまとめますと、三角関数に関する2曲線が接するという問題を、関数 $f(x),g(x)$ が接するという問題、そのグラフが接するという問題を $f(x)= g(x)$ という方程式に還元し、その方程式が重解を持つというところに還元するところでは、多項式で表現されるような2次方程式以外のものについては適用できないと言ったんですけれども、三角関数のようなものについても無数の重解を許すということを考えるならば、重解条件で迫ることもできるということですね。ただし、その場合注意しなければいけないのは、方程式、多項式で表される方程式に関する重解条件だけでは済まない。$\sin x=1$ あるいは$\sin x=-1$、これが三角関数に関する方程式の重解条件になるということです。
実は重解条件と微分を使った接線の条件、歴史的に考えると、微分の方が遥かに新しいわけでありますけれども、微分法が登場する前から重解条件を利用して、接線問題を論ずることができるという方法が知られていました。今日ではそれを勉強することはほとんどありませんけれども、高等学校の数学の裏に潜んでいる、非常に重要な数理です。
そういう問題を裏に抱えていると見れば、先ほど言った問題は、くだらない受験問題であるだけではなく、新しい側面から、大変教育的な面白さを持った問題であると考えることができるということです。
私がここで強調したいことは、どんな過ちにも、その過ちが正解へと繋がるための最初の重要なステップが踏み出されている。その間違いを間違いとして残しては、そのまま切り捨ててはいけない。間違いを大切に残さなければいけないということ。そして、間違いは所詮間違いでありますから、間違いがなぜ間違いであるかということを徹底的に見つめるということの中には、深い数学的な理解へといざなう道があるということ。
数学はよく正解・誤解、あるいは正答・誤答というふうに分割されて終わりというふうに思われていますが、私に言わせれば、数学の解答は無限に多くの解答が、無限に多くの誤答がある。そして無限に多くの誤答から無限に多くの正答までの無限の多様性の中に、1人1人の解答が存在しているということを忘れてはいけない、と私は考えております。
コメント
こんばんは。
とても良い話題だと感じました。
途中のお話しの理解の補助線として、 ”論理学で学ぶ数学” のP.48の上二行が役に立ちました。
あの二行を触れずに三角関数を学んだつもりになるのは、あまりにも勿体無いですね。
「2つの3角函数がx座標αで接する条件は,f(α)=g(α)且つf'(α)=g'(α)を満たすαが存在する事である.」
を用い,私は定数aについて,
sinα=1/2の時,a=3/2
の他に,
sinα=1の時,a=1,
sinα=-1の時,a=-3
を求め,graphを示し,
質問者に拠る「2曲線が接する⇔重解を持つ」を用いる解法研究を,下記のURLに恐縮ですがMS.Wordで記した案をuploadしますので御査収下さい.
https://app.box.com/s/41mt1e0mcp84puw853xq7nji6js7f1id
P.S.
この ”くだらない問題” には、色々なAttack Approachがあってとても楽しめました。
“面白くない問題” を、自分なりに楽しみながら考える事の大切さを改めて実感しました。