長岡亮介のよもやま話340「数学記号の本当の意義 シグマ 計算が出来たことにすることについて」

*** コメント入力欄が文章の最後にあります。ぜひご感想を! ***

 たまには数学の話をいたしましょう。今回は、高等学校の数学で学ぶ一番厄介な記号と思われている 「$\Sigma$ 記号」について、取り上げてみたいと思います。「数学は記号があるから、ややこしくて嫌いだ。訳がわからない記号ばかりでつまらない。」こういう話を聞きますが、高等学校レベルで言えば $\Sigma$ 記号というもののかっこよさというか深遠さ、そういうものを感じている人が多いからか、これを参考書のタイトルに使った出版社もあるくらいでありますけれども、$\Sigma$ 記号というのは、皆さんは和を計算するために便利な記号であると、そういうふうに考えていらっしゃるんじゃないでしょうか。

 実際、検定教科書なんかにはそのようなことが書いてありますね。数列において、$a_1$, $a_2$, $a_3$, $\cdots$, $a_n$, 有限数列の場合ですが、初項 $a_1$ から第 $n$ 項 $a_n$ までの和を、$\Sigma$ 記号を使って表すことができる。こういうわけですね。そして $\Sigma$ 記号を使って計算するときの計算規則なんていうのが載っている。ちょっと「数学ができる人」、カッコ付きで「できる」っていう意味ですが、本当にわかっているわけではないんだけど、$\Sigma$ 記号の初歩的な使い方ができるという人は、しばしば学校数学ではこのようなことに力点が置いて指導されることが多いと思いますけれど、$\Sigma$ 記号を使って和を表現すると、それによって和を計算することができる。例えば、$1$から始まる奇数の和は、$1$, $3$, $5$, $7$, $9$, $11$, $13$, $15$, $17$, $\cdots$とこういう奇数の和で、$n$ 番目の奇数は $2n-1$ と表されますから、$1$ から始めて $2n-1$ までの奇数の和というのは、

$$\sum_{k=1}^n (2k-1)$$

と書く。こういうふうに表してやって $\Sigma$ 記号についての計算規則を使ってやると、それが

$$2\sum_{k=1}^n k-\sum_{k=1}^n 1$$

で表される。要するに $\sum_{k=1}^n k$ と $\sum_{k=1}^n 1$ というものの公式がわかっていれば、$\sum_{k=1}^n (2k-1)$ というのが計算できるっていうわけなんですね。実際にこれを計算することは容易でありまして、前者は

$$\sum_{k=1}^n k=\frac{n(n+1)}{2}$$

となる。重要公式として教科書なんかに強調されているもんですね。一方後者は、$1$ を $n$ 回加えると、それは $n$ になるに決まっています。これから $n$ を引く。結局 $2\frac{n(n+1)}{2}-n$、これを計算すればいいので計算すると、すぐにわかるように、$\frac{1}{2}$ と $2$ がキャンセルしあって $n(n+1)-n$ となりますから、答えは $n^2$ というわけです。

 「$1$ から始めて $3$, $5$, $7$, $\cdots$ というふうにして $n$ 個の奇数を加えたものは、$n^2$ になる」という古くから知られている「奇数の和の公式」が、こういうふうにして計算でき、導くことができる。というようなことが書かれているわけですが、これは実は数学的に言うと、むしろ間違っていると言うべきなんですね。

 こういうふうに計算してもいいんですが、本当のことを言うと、奇数「$2k-1$」と表される第$k$項「$2k-1$」と表される数の $k=1$ から $n$ までの和、$n$ 個の奇数の和、それが $n^2$ となるということが計算してわかる、というふうに言いましたが、そのときに、一般に $1$, $2$, $3$, $\cdots$, $n$ と $1$ から始まる $n$ 個の自然数の和が「$\frac{n(n+1)}{2}$」であるということ、これを利用すると計算することができる。その際に $1$ を $n$ 回加えると $n$ になることも使うわけで、その公式を用いたわけですが、実は数学的に考えると、奇数の和が計算できるということと自然数の和が計算できるということは、数学的には同じことなんですね。つまり、前者が後者に還元できたというけど、後者が前者に還元できるというふうに言うこともできるわけです。

 これは問題を解いたわけではなくて、問題を別の問題に置き換えた。別の問題の方は解決できているから新しい問題も解決できるというわけなんですが、古代から知られていたのは、$1$ から $n$ までの自然数の和についての公式は三角形数と呼ばれていましたけども、その三角形数についての公式よりも以上にエレガントな話として、$1$, $3$, $5$, $7$, $9$ というふうに $1$ から始まる奇数の和、それが $n^2$ となるということ、これも重要規則として知られていたわけで、この二つは数学的には同値なんですね。ちなみに後者「$1$ から始まる奇数 $n$ 個の奇数の和が $n^2$ となるという規則」は、ガリレオ・ガリレイが、「自由落下において、落下距離あるいは通過距離は時間の $2$ 乗に比例する」という「自由落下の法則」を実験的に証明する際に、その数学的な定理として用いた由緒正しいものでありまして、えらく昔から知られていた美しい事実なんですね。

 私自身も子供の頃、「$1$ から始まる $n$ 個の奇数の和が $n^2$ と表される」、エレガントだなあというふうに思い、それが $\Sigma$ 記号を使って証明できるっていうことに感動した思い出がありますけれども、それは私が愚かであったからで、$1$ から始まる奇数の和が簡単に表されるということを用いて、$1$ から始まる $n$ 個の自然数の和を求めるということも簡単にできるわけです。具体的にはどういうふうにすればいいかというと、$1$ から $n$ までの整数和を計算するときに、それを全体 $2$ 倍すると、$2+4+6+8+10+\cdots+2n$ になりますね。$1$ から始まる $n$ 個の自然数の和の代わりに、それを全体 $2$ 倍した、$2$ から始まる $n$ 個の偶数の和を考えると、これがその $2$ 倍になるはずであるということですね。この偶数の和に先ほどの $1$ から始まる $n$ 個の奇数$1+3+5+\cdots+(2n-1)$、これを加えてやると、実は $1$ から $2n$ までの自然数の和にちょうどなりますね。$1$ から $2n$ までの自然数の和が、$1$ から $n$ までの自然数の和の $2$ 倍と奇数の和で表すことができる。ということは奇数のあの公式がわかっていると、$1$ から $n$ までの自然数の和も計算できるということがおわかりになったでしょうか。具体的なことはちょっと紙に手を動かしていただければ簡単にわかることだと思います。

 ところで私が言いたいのは、$\Sigma$ 記号というのは、このようにわかっているものを使って未知のものを計算するということができるということになりますが、よく考えてみると、未知のものというものがもし別のルートでわかっていたとすると、実は基礎となる公式を導くことも逆にできるということを意味している。ということは、$\Sigma$ 記号は何に役に立つのか。$\Sigma$ 記号で新しいことは何もわからないではないかということになります。実はまさにその通りでありまして、$\Sigma$ 記号で表現したからといって、和が計算できるわけではないんですね。$\Sigma$ 記号というのは何を意味しているかっていうと、数列 $a_1$, $a_2$, $a_3$, $\cdots$, $a_n$ において、$a_1+a_2+a_3+\cdots+a_n$ と全体を足したもの、それが何になるかわからないんだけど、何になるかわからないものを、一つの記号で表現することによって、$a_1$ から $a_n$ までの和というのを計算した代わりにすることができる。

 つまり、数学の記号というのは、計算結果を導くために便利なのではなく、計算をすることなくその計算して和を求めるという操作結果を、あたかも遂行できたかのように記号で表現しているだけなんですね。実際、$\Sigma$ 記号を使ったからといって、和が計算できるわけではありません。最も簡単なのは調和数列というやつで、$1$, $\frac{1}{2}$, $\frac{1}{3}$, $\frac{1}{4}$, $\frac{1}{5}$, $\frac{1}{6}$と、いわゆる単位分数ですね。そういうもので作られる数列の和、ですから $\Sigma$ 記号を使うと

$$\sum_{k=1}^n \frac{1}{k}$$

調和数列の和はこのように簡単に表現することができますけど、これを計算することができるかというと、これは絶望的なんですね。計算することはできないけど、それを計算したことにするというのが $\Sigma$ 記号のありがたいところで、学校数学がインチキなのはこのような本当の真実を教えてくれない。「$\Sigma$ 記号は便利で使えますよ」、そういうことしか教えてないから、$\Sigma$ 記号を使って本格的に $\Sigma$ 記号を使わないとわからない世界というのはほとんど紹介されないわけです。これは数列に限った話ではありませんけれども、学校数学にありがちな話の一つの例です。

 数学の記号は、この $\Sigma$ 記号に典型的に表されているように、計算結果が得られたかのようにその計算結果を、一つの記号で、完結した記号で表現してやる。そのことによって、計算が遂行できたことにすることができるということ。ここに、数学の記号の魅力があるんですね。数学の記号は他にも「$\lim$」であるとか「$\int$」だとか、いろいろありますけども、どれもみんなそうなんです。学校数学がインチキなのは、このような数学記号の本質を教えずに、その記号を使うことによって世界が広がるというふうに錯覚させてしまう。実は世界は広がっているんです。それは計算できなかった世界のことも計算できたことにするという意味で、世界が広がってるんですが、計算できる世界が広がるわけではないってことですね。ですから、小学校の頃のように、$2+3=5$、$5+5=10$ と、そういうように実直に計算するのでは全くないということです。

 $\Sigma$ 記号というのは、このように概念そのものを記号化することによって、計算結果が得られたかのように表現する。ここに面白さがあるといえば、数学が今までくだらないと思ってた人も、もしかすると数学には奥深い世界があるかもしれないと感じていただけるのではないかと思い、学校数学や教科書、参考書で教えてくれない数学の世界これを紹介いたしました。

コメント

  1. Leo.橋本 より:

    長岡先生への質問。

    検定教科書に書かれているような ”和の公式” を取り扱う際に、わざわざシグマ記号を用いる事に本当に意味はあるのでしょうか。

    検定教科書において、”シグマ記号が無意味に強調されている” と私は感じます。

  2. Leo.橋本 より:

    長岡先生への質問

    “ 検定教科書おいて、有り難みのない局面で、シグマ記号が乱立しているのはなぜか。”

    “偉い大人達が、故意に学習者を混乱させるのはなぜか。”

  3. 中筋 智之 より:

     当話の前提と成る
    Σk(k=1~n)=n(n+1)/2 (1)
    又は
    Σ(2k-1)(k=1~n)=n^2 (2)
    の誘導案を以下に示す.
    nが偶数の時,
    Σk(k=1~n)=1+2+・・+k+・・n/2+(n/2+1)+・・+n-(k-1)+・・+(n-1)+n=(1+n)+[2+(n-1)]+・・+k+n-(k-1)・・+[n/2+(n/2+1)]=n(n+1)/2
    nが奇数の時,
    Σk(k=1~n)=1+2+・・+k+・・+(n-1)/2+[(n-1)/2+1]+[(n-1)/2+2]+・・+n-(k-1)+・・+(n-1)+n=(1+n)+[2+(n-1)]+・・+k+n-(k-1)・・+{(n-1)/2+[(n-1)/2+2]}+[(n-1)/2+1]
    =(n+1)(n-1)/2+[(n-1)/2+1]=n(n+1)/2
     従って,nが偶数・奇数の場合共に式(1)が成り立つ.
     ●を該当個数,○を仮想個数として図1に拠り,三角形の該当個数は式(1)で示される.
       n+1列
      ●○・○○○
      ●●○・○○
    n行・
      ●●●・○○
      ●●●・●○
     図1 式(1)図
    nが偶数の時,
    Σ(2k-1)(k=1~n)=1+3+・・+2k-1+・・+(n-1)+(n+1)+・・+2n-1-2(k-1)+・・+(2n-3)+(2n-1)=2n・n/2=n^2
    nが奇数の時,
    Σ(2k-1)(k=1~n)=1+3+・・+2k-1+・・+(n-2)+n+(n+2)+・・+2n-1-2(k-1)+・・+(2n-3)+(2n-1)=2n・(n-1)/2+n=n^2
     従って,nが偶数・奇数の場合共に式(2)が成り立つ.
     図2に拠り,_及び|で区切った該当個数が成す正方形の該当個数は式(2)で示される.
          n列
      ●|●|●|・|●
      _
      ● ●|●|・|●
      _ _
      ● ● ●|・|●
      _ _ _
    n行 ・ ・ ・ ・|・
      _ _ _ _
      ● ● ● ・ ●
     図2 式(2)図
     私は高2物理の教育実習で指導教諭から和の記号Σを使わず説明する様に言われて書き下し,学会で定義を理解されていない方を直させて頂き,記号の定義を確かめて表記
    する事は,tensorの総和規約でも同じで,理解する迄は愚直に記し,最終的に縮約して表記する手順で構わないと思います.

    • 中筋 智之 より:

       先に示した図1について,以下に対称性を正確に記させて頂きます.
         n+1列
        ●○・○○○
        ●●○・○○
      n行・・・・・・
        ●●・●○○
        ●●●・●○
       図1 式(1)図

    • 中筋 智之 より:

       式(1)について長岡氏から教えて頂いた誘導は,(1)連続整数の積で作られる数列{a_k}の和Σa_k(k=1,2,・・,n)を求める為に,{a_n}を階差数列に持つ数列{c_n},即ち,
      c_k+1-c_k=a_k(k=1,2,3,・・)
      を満たす数列{c_k}が1つでも見付かれば,
      Σa_k(k=1,2,・・,n)=Σ(c_k+1-c_k)(k=1,2,・・,n)=c_n+1-c_1
      と求められ,a_k=kに対し,c_k=k(k-1)/2が見付かり,
      Σk(k=1,2,・・,n)=Σ{(k+1)k-k(k-1)}/2(k=1,2,・・,n)=n(n+1)/2.

タイトルとURLをコピーしました