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今回は、特別にLeo.橋本さんからいただいたメッセージに対して、大変嬉しく読みましたので、感謝の気持ちで短いお返事を書きたいと思っています。私の稚拙な対応が、私が橋本さんの真意を誤解したというふうに誤解させてしまったということで、大変恐縮しています。過分なお言葉を頂戴し、私自身身が引き締まる思いです。私は、橋本さんがおっしゃるように、大人たちの世界で偉そうなことを言っている人たちが、実は悪しき相対主義に染まっていると。相対主義っていうのはもっともっと過激なものでなければいけないと私は思いますけれども、悪しき相対主義と言われる非常に無責任な傾向に陥っているということを情けなく思っている1人で、橋本さんもきっとそうだと思います。そして私がそのような現在の風潮に対して、非常に偉そうに厳しく批判的であるということを、好意的に受け止めてくださるということを心強く思っております。
私は若い世代が、そのように批判的精神に目覚め、堂々と生きていくそういう世の中になってほしい。そういうふうに自分自身を鍛える上で、数学的な精神、これがとても役に立つ。一度でもいいから、数学的に本当にわかった、あるいは数学的により深い理解を達成している自分に誇らしく思ってほしい。そういうふうに願ってこんなことをずっと続けてきているわけであります。本日、橋本さんのお便りを私に転送してくださったテクムの事務局長から、橋本さんのメッセージに添えて、こういう反応があるのは嬉しいですねっていう言葉がありました。というのも私の前回のnottaによる文字起こしは、非常に不完全で私が見る限り使い物にならないと思い、今朝もう一度新しく同じ内容、といっても私の場合原稿なしに喋っているので全く同じというのは難しいのですが、喋ったばかりだったんですが、既にその文字起こしされてない音声をもう1回nottaにかけることによって文字起こしに成功し、もう既にアップし、その反応があったということを聞いて、とても嬉しく思ったということです。
私は決して真意を誤解したりはしていません。むしろ私は、そのご発言をわざと時々曲解して意図的に捻じ曲げて、私の発言を必然化するように、悪用してる面もあるかもしれません。私は、参考書の著者であった時代から、読者との質問応答っていうのは、好みにしておりまして、学校の先生からの質問応答というのは大体つまらない問題が多いのですが、生徒からの質問には本当にギョッとするような質問もあって、とても楽しかった、そして知的に興奮した思い出があり、この場も少しでもそういう知的な興奮に包まれるようになっていくといいなと期待しておりますので、今後とも皆さんよろしくお願い申しあげます。
コメント
こんばんは。
改めて、長岡先生に感謝の気持ちを伝えたいと思います。
よもやま話251 ”私の青春時代”
を、再び拝聴させていただきました。
僕はこの長岡先生の話を聞いて、とても大切な事を忘れていたような気がしたのです。
それは、
「僕は数学が好きだ!ラテン語、スペイン語、ロシア語が大好きだ!」
ということです。
好きな事を学習する事が凡人に許されるならば、僕は出来る限りの努力と格闘をしていきたいと思えました。
ありがとうございます。