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私達は、今、明日はあるとしても明後日はないかもしれないという、非常に厳しい不安の中に生きているわけですけれども、今日はそのことは置いておいて、素晴らしい明日をあえて展望するお話をしてみましょう。私達が、明るい明日、ちなみに明日という字は、というか語句は明るい日と書く。これは昔流行歌にもあったうまいセリフでありますが、明日を明るく展望するためには、解決しなければいけない非常に深刻な問題があります。それは人類の人口の大爆発。そして、産業の交流に伴うエネルギー消費の拡大という問題です。
先進国が市場の一部を占有しながら後進国から搾取を続けていた時代には、地球の生み出す富が先進国に集中するというだけで、先進国が少々デタラメをやったとしても、地球的規模の影響というのは考えづらかったわけでありますが、開発途上国がこれから先進国並みに発展していく。これを発展と呼んでいいかどうかわかりませんが、ライフスタイルが先進国のようになっていくということを考えるならば、農業問題、エネルギー問題、深刻な問題はいっぱいありますね。そして、その中で究極的な問題は何かというと、やはりエネルギー問題に尽きるんだと思います。全ての変化というのは、エネルギーという立場で考えると、物理学的な問題に還元することができ、非常に透明に議論することができるからです。このエネルギーという概念、物理学的な概念、元々哲学で、ギリシャ語でενέργεια(エネルゲイヤ)って言っていたものでありますね。“可能態”、現実の姿ではなくて可能的な姿。そのενέργειαというギリシャ語に、現代的な概念を当てはめた物理学者の功績は大変に大きなものがあって、力とか、キャパシティとか、フォースとか言っていた概念に対して、エネルギーって言葉がすごくうまく当てはまる。そしてそれが強力で、どの分野にも当てはまる。そういうことを19世紀20世紀の自然科学は明らかにしたわけです。そして、実は、そのエネルギーという無視の力、目に見えない力が、実は私達がよく目にする物質の質量そのものと同じであると。質量がエネルギーに変わりうる。そういう意味では、エネルギーの究極的なものは何かといったら質量だっていうふうに言うことさえできる。もちろん質量とエネルギーとは単位系が違うわけですね。質量に速度の2乗という次元をかけてやることによって、エネルギーの次元ができるわけです。そのエネルギーが力学的エネルギーにしろ、化学的なエネルギーにしろ、生物的なエネルギーにしろ、あるいは核反応におけるエネルギーにしろ、全て統一的に論ずることができる。これは非常に強力なものですね。
ですから、エネルギー問題が非常に重要な問題であるというようなことは、20世紀の中頃からずっと言われてきたことでした。最近、そのエネルギー問題という言い方が影を潜めて、新しい言葉に置き換えられています。例えば再生可能エネルギーというような、reusable energyという英語ですね。reusableというのは一体何なのか。エネルギーというのは、全てはreusableなわけですね。いろいろな形で、エネルギーが形が変わっていくことによって、私達の生活をカッコ付きな言葉ではありますが、「便利にし、豊かに」する。エネルギーの形態の変化と言ってもいいわけです。エネルギーそのものは、生成消滅しないというのが普通の常識でありまして、エネルギーはひたすら拡散していくだけであると。基本的なマクロのレベルで考えれば、そういう言い方もできるわけです。私達にとって深刻なエネルギー問題とは、私達がエネルギーを私達の生活のいわば奴隷として活用するようになった19世紀からあとと言った方がいいでしょうね。
最初は石炭火力の持っているエネルギー、火力、それは燃えることによって、熱を出す。その熱によって水蒸気を発生させる。その水蒸気のガスによって水蒸気のタービンを動かす。そのタービンの力によって工場を動かす。あるいは機関車を動かす。船を動かす。そういう蒸気タービンというのが、19世紀までの主要なエネルギーの活用方法でありました。石炭というのは非常に重要なエネルギー源であったわけです。石炭そのものがエネルギーなわけではありませんが、石炭を燃やすことによって発生する熱エネルギーで、これが人類の文明を大きく変化させたわけですね。
20世紀に入って、大きな革命が起こります。それは既に19世紀から始まっていたわけでありますが、スチームエンジンという外燃機関、燃やしているのはあくまでもボイラーの外でボイラーを熱することによって水蒸気を作る。そういう外燃機関である蒸気機関に対して、エンジンの内部を燃やすことによって、いわば内燃機関という装置の発明によって外燃機関以上の熱効率を小型のエンジンで得ることができるようになった。内燃機関の発明というのは本当に画期的であったと思うんです。それまでは巨大な蒸気機関しかありませんでしたから、大規模な工場とか、大型の機関車とか、大型の船とか、そういう中でしか、水蒸気のエンジンを使うことができませんでした。しかし、小型化したエンジンは自動車というものを作り、また小さな船というものも可能にしました。小さな船は、昔は手漕ぎボートしかなかったわけです。しかし小さな船で小型の強力なエンジンを積めば、それによって高速走行が可能になるわけですね。そして、一番大きかったのは農業だと思います。農業というのは、人間にとって最も古くからの重労働の象徴でありました。その重労働を担うために、農地には農民という人が縛り付けられていたわけですね。国によっては、それを奴隷として農地と一緒に売買するというようなことさえされていた。農地というのは農民があってこそ初めて意味があったわけです。ところが外燃機関、いわゆるエンジン、ガソリンエンジンとかいうもんですね。そういうものの発明によって、農機具に産業化がもたらされる。つまり、人類史上最も古くから続いてきた肉体労働に対して、それを機械に代行させるという大革命が起こったわけであります。内燃機関の発明は自動車の発明というふうに思っている人が多いと思いますが、自動車の発明以上に重要なことは、「外燃機関つまり水蒸気のエンジン、スティームエンジンの発明ではできなかった第一次産業にも機械化、産業化をもたらした」という意味が決定的に大きいんだと思いますね。小型のエンジンの発明によって、人類はある意味で、巨大なスチームエンジンと小型のガソリンエンジン、これを組み合わせることによって、何でもできるというふうになってきました。
そして、その革命的な変化にさらに弾みをつけたのが、テスラによる交流を介した電力の供給と電力の利用というエネルギー革命です。それまでは電気といっても、日本では有名なエジソンなんかは直流しか理解していませんでしたから、ランプをつけるとかそんなことしかできなかったわけですね。しかしながら、巨大な電気エネルギーを交流の回線を通じて遠くまで運ぶ。そして、エネルギーの大量消費である都会においてそのエネルギーを活用することができる。これは偉大な発見でありました。テスラというと、今は電気自動車の会社のことしか知らない方も多いと思いますが、テスラこそは19世紀から20世紀にかけての最大の発明家であり、しかも、テスラの「エジソンがもう少し学問を知っていれば、あるいは物理や数学を知っていれば、もっと試行錯誤の努力を減らせたのに」という言葉にあるように、テスラはまさに数学がよくできたので、その物理学的な原理を数理的に考えることによって、試行錯誤の努力をせずに次々と新しい発明に成功していったわけです。テスラは本当に偉大な科学者だと思います。テスラはあまりいわゆる学歴というか学問におけるキャリアが少ないので、技術者っていうふうに呼ばれることが多いんですけども、彼は単なるエンジニアではなくて、本当にパイオニアリングエンジニア、そういう意味ではサイエンティストといっても全くおかしくない人だと思います。
そして、テスラの発明の偉大さは、彼がその電力というエネルギーに注目したときに、ナイアガラ瀑布に注目したことですね。ナイアガラ瀑布って、巨大な滝ですね。皆さん観光地として訪れることあったかもしれません。私は機会があったんですけども、ナイアガラに行くよりはビールを飲んでいた方がいいと言って、行かなかったんですけれど、それはそれは大スペクタクルを鑑賞することができるでしょう。しかし、テスラがすごいのは、そのナイアガラの瀑布を見て「発電に使える。このエネルギーを発電に利用しよう。」こういうふうに考えたことですね。詳細は私は詳しく知りませんけど、シカゴ万博とかいう催されたもので、しかもシカゴ万博はまさにナイアガラ瀑布から近いところで開かれていますから、シカゴはナイアガラに近いですから、そこで煌々と照る照明を通じて世界の人々を驚かしたという話がありますけれど、ナイアガラ瀑布を利用すれば発電ができる。この発想はすごい、素晴らしいですね。力学的なエネルギーに過ぎないわけですね、水が落下する時に。水が何で落下するときにエネルギーができるか。それは、太陽光線によって水が蒸発し、雲ができて雨が降る。それが山間部に降る。そして太陽が運んだ水、その水が冷たくなって冷えて落ちる。地球の重力によって起こしてくる、言ってみれば非常に自然なサイクルであるわけですが、その自然なサイクルの中に潜むエネルギーの活用、エネルギー循環をうまく利用する。テスラらしい発想であったと思いますが、そういうふうにして、電気を私達が生活に活用する時代というのを本格的に切り開いたわけです。テスラの偉大さについては、まだいくらでも話すことがありますけど、とりあえず今日は「ナイアガラ瀑布に注目して発電所を作った。」そして、「送電網でエネルギーロスを減らしながら、交流という武器を使ってエネルギーロスを減らしながら大都会まで送電した」という彼のアイディアの素晴らしさを理解していただけば結構です。
エネルギー問題というのが本当に深刻になるのは、このテスラの発明を介して電力というのが全ての分野に波及したことですね。単に街を明るくするとか、モーターを動かすとかっていう動力だけの問題ではなく、ありとあらゆるところに電気が必要ということになったわけです。冷蔵庫なんてのはその典型的なものでありますね。エアコンという今皆さんにとって必要不可欠なもの、これもテスラの発明なくしてはあり得なかったものでありますね。電力というエネルギーがいわばエネルギーの象徴のようになっています。そしてその電力を得るために発電所っていうのを作っているわけですが、発電所ってのは何をやっているかっていうと、日本の発電所は、一昔前は水力発電でありました。川で水をせき止めて、それをドーっとダムから落とす。それによって発電する。黒部峡谷のダムを建設というのは、私の子供の頃の日本の未来を明るく描く有名な映画でありました。日本人はその頃、そのエネルギー確保の問題に対して、非常に将来苦戦するであろうことを予見して、黒部峡谷に非常に困難な計画ながらも巨大なダムを作るっていう計画を立案し遂行した。その英雄的な物語が映画になって、少年少女の胸をわくわくさせたわけであります。
ダムという建築が持つネガティブな側面がいろいろと指摘されるようになってきて、水力発電はだんだんだんだん下火になってきます。水力発電が下火になってくるに従って、脚光を浴びるようになったのは石炭火力発電。そして石炭ではちょっとまずいということで、液化天然ガスの発電。要するに、水蒸気を出してタービンを回し、そのタービンを回すことによって電気を発電する。そういう発電の仕組みですね。石炭火力ってのは非常に巨大なものでありますから、かつてスティームエンジンを動かして全く同じように、より能率的に電気を発電し、その電気を使うということです。残念ながら私達はその石炭火力っていうのを電気エネルギーに変換するときに、100%の利用をすることができません。つまり、かなりの部分を熱として地上に発散してしまうわけですね。その熱効率を少しでも上げるようにエンジニアたちは努力してまいりましたけれども、結局炭酸ガスを作るという宿命的な問題を解決することはできず、それが人によっては地球温暖化の原因となっていると言われることもあり、石炭をやめて液化天然ガスにする。そうすると、炭酸ガスCO2の排出量が相対的に減るというようなことで、日本はLPGというものに、かなりシフトしていると思います。
地域によっては「揚水発電」という馬鹿馬鹿しい発電もあるんですね。というのはどういうことかっていうと、発電所というのは大体24時間平均的に発電している。必要なときだけ発電し、不必要なったら止めるというようなことが能率的にできればいいんですけれども、それは意外に難しい。一般に夜間電力っていうのは余るわけです。その余った夜間電力・夜の電力を使って、放水した発電に使った水をもう1回ポンプでくみ上げて、上の池にためて、それを昼間に落として、日中の必要な電気を担う。こういう揚水発電は全く全体としては馬鹿げているんですけれども、夜間にどうせ余ってしまう電気ということを考えると、それもある意味でその合理性があるわけで、日本は揚水発電の割合も比較的高いと思います。そういう無駄をしても、電気を作らなければならないというのは、電気エネルギー・電力というのは私達の生活にとって非常に重要なものであるからです。
その電気というのは、炭酸ガスを出さないエネルギーだというふうに思われているんですけど、それはとんでもない話で、まさに電気エネルギーを作るところで、普通の発電所で言えば、炭酸ガスをたくさん輩出しているわけですね。だから、電気自動車がエコであるというような言い方は、電気をエコに作るエコロジー、あるいは生態系にダメージを与えることなく電気を作るということが可能になって初めて言えることであるわけで、現在の電力生産システムにおいては、電気エネルギーというのは決してエコロジカルなものではないと言っていいと思います。私が仕事をために来ている長野の山奥でも、いわゆるガソリンステーションが、一部電気ステーションになっています。電気ステーションにすれば、電気の線を引くだけで、ガソリンを毎回毎回あるいは毎日毎日供給する必要がないわけですから、維持管理が楽だということもあるのかもしれませんけれども、電気エネルギーを作るためにかかるコストを考えると普通にはペイしないというものだと思います。たま〜にではありますが、そこで充電している車の姿を見ることもないわけではありません。そこそこ普及してきているのかもしれません。
そういう電気エネルギーがクリーンだっていうふうに考えるのは、やはりかなりおめでたい話でありまして、それは電気をクリーンに作ることができるという技術が確立してからの話になります。電気はどのようにして作ればクリーンなるか。いろんな電気を作る方法がありますが、いわゆる価格の点でなかなか割に合わない。今最も先端的な技術の一つが水素電池というもので、水素を燃焼させる、燃焼といっても比喩的な言葉でありますが、それによって電気を作るっていうことです。それは本質的にタービンを動かすというような形ではなくて、もっと化学的な変化を利用するというものであります。ですから、なかなか実用化に向けて低価格化に成功してないということがあります。しかし、水素を燃やすとそれはエコかというと、水素を作るときに一般には今の技術では電気分解を使って水素を作る。これが主流でありますから、それは意味がないわけですね。
その意味がある方法っていうのは何か。夢のエネルギーというふうに、ずっと人類があるいは科学者があるいは技術者が昔から注目してきたものが最初述べた核の反応。核融合という反応なんですね。これにも水素が関係してくるんですが、水素といっても私達の身の回りにある水素とちょっと違って、ちょっと重たい水素の同位体って言った方がいいでしょうか、そういうものなんですね。そういう珍しい水素であっても地球上には無数に無限にって言っていいくらい存在する。それを利用して、夢のエネルギーを作ろうと。この水素の同位体による核融合は、いわゆる核分裂と違って、放射性の他の元素を廃棄物として作らないという良さがあるわけですね。できるものはヘリウムという反応しない気体だけ。ヘリウムは軽い気体で、昔は気球にも使われていました。今でもヘリウム気球というのもあるかもしれません。特別な目的のためにはそのヘリウム気球っていうのは今でも使われているでしょうね。観光遊覧船なんかにはちょっと使わなくなっているのかもしれないと思います。そういう意味で、核融合によるエネルギーが実現すれば、それはそれは素晴らしい夢のエネルギーということになります。
この夢のエネルギーに向かって、国際的な共同機関、特にヨーロッパを中心とする国で、それに日本やアメリカ、ロシア、そして中国なんかも協力して、国際協力プロジェクトという形で、巨大な研究開発が進んでいます。実験炉を作るというだけで巨大な開発プロジェクトになるわけですね。ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor国際熱核融合実験炉)イーターと読んでますが、残念ながら日本はITERに関する情報を発表するのが日本の行政機関だけで、ITERの研究の中身そして歴代の失敗について理解するためには、ITERのそのもののサイトに行って読まなければなりません。日本は巨大なお金を出し、そこの理事長というか事務局長というか、一番トップを初代2代と務めてきたんですが、開発の遅れに対する管理のずさんさということの責任を追及されて、今はその職をヨーロッパの人に譲っています。それによって研究の前進がずいぶん図られているということでありますが、このような装置ができてこそ、エネルギー問題の開発が終わるはずであるのに、日本では例えば水素エネルギーが夢に繋がるというふうに言う人がかなり多くいるんですね。私の大学時代の知り合いの中にも、こういうもので大きくビジネスが展開できるという夢を描いている人がいますが、その人たちは夢を描いているというより野心を抱いていると言った方が正確だと思いますが、そういうちっちゃい個人的な経済的な富という夢ではなくて、人類の文明に大きな変化をもたらす、そういう可能性が今進行しているという、人類共通の夢について今日はお話いたしました。キーワードは“核融合”ということです。
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